「食べれる」「見れる」「起きれる」のように、本来「ら」が入るはずの形から「ら」が抜けた言い方を、日常で耳にすることは多い。ら抜き言葉とは、一段活用動詞とカ行変格活用動詞の可能表現で、「られる」から「ら」が脱落した「れる」の形を指す。この現象を理解すると、規範と実態の両面から適切な表現を選べる。
ら抜き言葉と正規の可能表現の違いを一覧で整理
| 項目 | 正規の形(られる) | ら抜き言葉(れる) |
|---|---|---|
| 基本機能 | 可能・受身・自発・尊敬を表す | 可能の意味に特化する |
| 典型例 | 食べられる、見られる、起きられる、来られる | 食べれる、見れる、起きれる、来れる |
| 対象の動詞 | 一段活用・カ変動詞 | 一段活用・カ変動詞 |
| 意味の数 | 四つ(受身・可能・自発・尊敬) | 一つ(可能のみ) |
| 五段動詞の可能形 | 読める、書ける(可能動詞) | 同じ形で、ら抜きの対象外 |
| 規範性 | 標準的で改まった場面に適する | 話し言葉で広がるが、書き言葉では避ける |
| 由来 | 助動詞「られる」 | 可能動詞の型への類推 |
| 見分けの目安 | 「ら」が入る | 一段動詞の語幹に「れる」が付く |
表の各項目の詳しい解説
- 基本機能
- 正規の「られる」は、一つの形に四つの意味をもつ。「先生に褒められる」は受身、「朝は早く起きられる」は可能、「昔が思い出される」は自発、「先生が来られる」は尊敬である。
- ら抜き言葉の「れる」は、可能の意味だけを担う。「食べれる」は、受身や尊敬の意味には使えない。
- 意味が一つに絞られるため、文脈による曖昧さが減る点が、広がった理由の一つとされる。
- 典型例
- 一段活用の例には、「見れる」「着れる」「寝れる」「出れる」「考えれる」などがある。
- カ行変格活用の例は、「来られる」が「来れる」となる形である。
- 「食べられる」と「食べれる」は、話し言葉ではどちらも耳にするが、書き言葉では前者が標準とされる。
- 対象の動詞
- ら抜き言葉が生じるのは、一段活用動詞とカ変動詞である。「見る」「食べる」「来る」がその例である。
- 五段活用動詞は「読む→読める」のように、可能動詞をもつため、ら抜きは起こらない。
- サ変動詞「する」は「できる」という別の語で可能を表すため、対象外である。
- 意味の数
- 「られる」は四つの意味を担うため、可能の意味か受身の意味か紛らわしい場合がある。「先生に見られる」は、受身にも可能にも読める。
- 「見れる」とすれば、可能の意味に限定される。この区別の利便性が、ら抜きを支持する理由として挙げられる。
- 話し手が意味を明確にしたいという心理が、変化を後押ししたと考えられる。
- 五段動詞の可能形との関係
- 五段活用動詞は、「書く→書ける」「読む→読める」のように、語尾を「e段+る」に変えて可能を表す。
- 一段動詞でも「見る→見れる」と「e段+る」の型に合わせた形が生まれた。五段動詞の可能動詞への類推である。
- 一段動詞は元々「見る」「食べる」の語幹がすでにe段・i段のため、「れる」を付けて型を揃える形になる。
- この体系化の動きは、言語の自然な変化として説明される。
- 規範性
- ら抜き言葉は、昭和初期から見られるとされ、現在は若い世代を中心に広く定着している。
- ただし、公的な文書、報道、論文、ビジネスの改まった場面では、「られる」が標準とされる。
- 文化庁の調査でも、世代差や動詞ごとの差が確認されている。「見れる」「食べれる」は広く使われるが、「考えれる」は違和感が強いとされる。
- 規範的に誤りとされつつも、使用者が多いという実態が、学習者を悩ませている。
- 由来
- 「られる」は、受身・可能・自発・尊敬の複数の意味をもつため、意味を分担させる動きが言語内部に働いた。
- 可能の意味だけを表す形として、五段動詞の可能動詞に類推した「れる」が選ばれた、と説明される。
- 五段動詞の可能動詞も、江戸時代以降に定着した新しい形である。「読まれる」から「読める」への変化は、同様の過程をたどった。
- ら抜き言葉は、言葉の乱れではなく、体系的な整理の一環とする見方もある。
- 使い分け
- 話し言葉や親しい会話では、ら抜きも広く受け入れられている。
- 改まった場面、文章、試験、面接では、「られる」を使うのが安全である。
- 受身・尊敬の意味を表したいときは、必ず「られる」を使う。「先生が来られる」を「来れる」とすると、尊敬の意味が失われる。
- 日本語教育では、まず正規の形を教え、ら抜きは話し言葉の現象として紹介するのが一般的である。
- 見分けの目安
- 次の手順で判別できる。
- 動詞が一段活用かカ変かを確認する。
- 「ない」を付けて、い段・え段なら一段活用と判断する。
- 可能の意味で「れる」が直接付いていれば、ら抜き言葉である。
- 「見れる」は「見ない」で一段活用だから、ら抜きである。「読める」は五段活用の可能動詞であり、ら抜きではない。
- 「ら」を補って、「見られる」「食べられる」の形に直せば、正規の表現になる。
- 次の手順で判別できる。
まとめ:ら抜き言葉を規範と実態から捉える視点
ら抜き言葉は、一段活用とカ変動詞の可能表現で「られる」から「ら」が抜けた形であり、可能の意味を明確にする方向の言語変化である。話し言葉では定着しているが、改まった場面では「られる」を用いるのが適切である。場面に応じた使い分けが大切である。